
ビューティフル・モーニング
イースト
「ビューティフル・モーニング」
作詞・作曲 瀬戸龍介
昭和47年(1972年)
これは忘れようとしても思い出せない(←バカボンのパパの名言です)黎明期の日本のロック!
イーストはアメリカ・キャピトルレコードと契約、日本では逆輸入の形でリリースされるという快挙!
全編英語詞で、琴など和楽器も取り入れた、オリエンタルな究極の和製ロック!
全米アルバム・チャートでベスト10入りと順風満帆、日本のロックの未来は明るい♪と、大いにぬか喜びしたもんです
イースト「ビューティフル・モーニング」
これは一度聞いたら忘れられない…なんとも言えない情緒があるね
まさにビューティフル・モーニング…日本のロックの夜明けを告げているかのようだ…
な〜んてね(笑)
イーストはアメリカを拠点に活動していたためなのか、日本では殆ど評価されていない…やっぱりライブを行わないとダメか?
アルバム1枚だけで解散というのも…この根性ナシ!と見なされたみたいだ(笑)
一方、同じく海外に拠点を置いて、英語詞で海外デビューを果たしたフラワー・トラヴェリン・バンドは、日本のロック史を語る上で必ず挙げられている
他に海外進出で成功したバンドとしては、サディスティック・ミカ・バンド、イエロー・マジック・オーケストラ…
イーストはきれいさっぱり忘れ去られています(笑)
ロックとしては生真面目すぎたのか?カリスマ性、スター性の欠落が問題なのか?
確かに目立たないしな〜クォリティは高いけど…
まだ日本にロックが根付いていなく、時期尚早だったのかもしれない
今なら、当時の日本にこんなバンドがいたのか!と若い世代に評価されるような気がします
そんなかすかな期待をこめて(ひょっとしたら、このブログにも若い読者がいるかもしれないし…いないか?笑)今回はイーストを取り上げてみました
フラワー・トラヴェリン・バンドの前身、フラワーズは内田裕也がリーダーでした
GSからニュー・ロックへという時代を見すえて、ヴォーカルにジョー山中を迎え、内田裕也はプロデュースに専念
フラワー・トラヴェリン・バンドは代表曲「メイク・アップ」が日立のCMに長い間使われていたので、知らずに耳にしている人が多いかもしれない
日本のロックを誇らしく思えたバンドですね♪
フラワー・トラヴェリン・バンド、再結成時の演奏より「メイク・アップ」
イーストには、その後スタジオ・ミュージシャンとして活躍するギタリストの吉川忠英が在籍していました
瀬戸龍介は解散後、ソロとして活動…オールナイト・ニッポンの2部を担当したりしてましたね
「ビューティフル・モーニング」もソロで再録…やっぱり自信作だったんだろうね…今回も売れなかったみたいですが(笑)
イーストの前身はニュー・フロンティアーズ…人気はありませんでしたが(ないのかよ)実力では「赤い鳥」のライバルと言われていたフォーク・グループ
日本はフォーク・ブームの時代だったのにね〜あえてロックに、世界に挑んだという訳だね…頼もしい
ナニ?バンド名がイースト(東洋)?和楽器?いかにもオリエンタルで、あざとくないか?エキゾチック・ジャパンかよ?媚びちゃって、卑しいね〜情けないわ!国辱かよ!
…確かにそんな批判的な声もありました、熱い時代ですからね
西洋から見た日本の典型的なイメージの受け売りじゃないかという事ですね
ウ〜ン、やっぱり当時のロックは極端なサウンド志向なんだよな〜
英語の歌詞なんて意味もわからない…でもカッコイイ♪これが発端だ
アーティスト側は、歌詞もサウンドとしてカッコよさを追求する…日本語を乗せるとダサくなるという訳だ
リスナーとしては、英語だとリアリティがないし、今一つピンと来ない…それにロックを聞くような洋楽ファンなら、日本のバンドよりホンモノの英米のバンドを聞きたい…これが当時の日本人の率直な感想かもしれないね♪
「ビューティフル・モーニング」
作詞・作曲 瀬戸龍介
昭和47年(1972年)
これは忘れようとしても思い出せない(←バカボンのパパの名言です)黎明期の日本のロック!
イーストはアメリカ・キャピトルレコードと契約、日本では逆輸入の形でリリースされるという快挙!
全編英語詞で、琴など和楽器も取り入れた、オリエンタルな究極の和製ロック!
全米アルバム・チャートでベスト10入りと順風満帆、日本のロックの未来は明るい♪と、大いにぬか喜びしたもんです
イースト「ビューティフル・モーニング」
これは一度聞いたら忘れられない…なんとも言えない情緒があるね
まさにビューティフル・モーニング…日本のロックの夜明けを告げているかのようだ…
な〜んてね(笑)
イーストはアメリカを拠点に活動していたためなのか、日本では殆ど評価されていない…やっぱりライブを行わないとダメか?
アルバム1枚だけで解散というのも…この根性ナシ!と見なされたみたいだ(笑)
一方、同じく海外に拠点を置いて、英語詞で海外デビューを果たしたフラワー・トラヴェリン・バンドは、日本のロック史を語る上で必ず挙げられている
他に海外進出で成功したバンドとしては、サディスティック・ミカ・バンド、イエロー・マジック・オーケストラ…
イーストはきれいさっぱり忘れ去られています(笑)
ロックとしては生真面目すぎたのか?カリスマ性、スター性の欠落が問題なのか?
確かに目立たないしな〜クォリティは高いけど…
まだ日本にロックが根付いていなく、時期尚早だったのかもしれない
今なら、当時の日本にこんなバンドがいたのか!と若い世代に評価されるような気がします
そんなかすかな期待をこめて(ひょっとしたら、このブログにも若い読者がいるかもしれないし…いないか?笑)今回はイーストを取り上げてみました
フラワー・トラヴェリン・バンドの前身、フラワーズは内田裕也がリーダーでした
GSからニュー・ロックへという時代を見すえて、ヴォーカルにジョー山中を迎え、内田裕也はプロデュースに専念
フラワー・トラヴェリン・バンドは代表曲「メイク・アップ」が日立のCMに長い間使われていたので、知らずに耳にしている人が多いかもしれない
日本のロックを誇らしく思えたバンドですね♪
フラワー・トラヴェリン・バンド、再結成時の演奏より「メイク・アップ」
イーストには、その後スタジオ・ミュージシャンとして活躍するギタリストの吉川忠英が在籍していました
瀬戸龍介は解散後、ソロとして活動…オールナイト・ニッポンの2部を担当したりしてましたね
「ビューティフル・モーニング」もソロで再録…やっぱり自信作だったんだろうね…今回も売れなかったみたいですが(笑)
イーストの前身はニュー・フロンティアーズ…人気はありませんでしたが(ないのかよ)実力では「赤い鳥」のライバルと言われていたフォーク・グループ
日本はフォーク・ブームの時代だったのにね〜あえてロックに、世界に挑んだという訳だね…頼もしい
ナニ?バンド名がイースト(東洋)?和楽器?いかにもオリエンタルで、あざとくないか?エキゾチック・ジャパンかよ?媚びちゃって、卑しいね〜情けないわ!国辱かよ!
…確かにそんな批判的な声もありました、熱い時代ですからね
西洋から見た日本の典型的なイメージの受け売りじゃないかという事ですね
ウ〜ン、やっぱり当時のロックは極端なサウンド志向なんだよな〜
英語の歌詞なんて意味もわからない…でもカッコイイ♪これが発端だ
アーティスト側は、歌詞もサウンドとしてカッコよさを追求する…日本語を乗せるとダサくなるという訳だ
リスナーとしては、英語だとリアリティがないし、今一つピンと来ない…それにロックを聞くような洋楽ファンなら、日本のバンドよりホンモノの英米のバンドを聞きたい…これが当時の日本人の率直な感想かもしれないね♪
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