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今夜の列車〜「月刊ポルナレフ」5月号

今夜の列車〜「月刊ポルナレフ」5月号

Michel Polnareff
Un Train Ce Soir
1970


「月刊ポルナレフ」5月号です
最近は「月刊Listen To The Music」になってしまったかのように更新が滞っていますが(笑)
それでも懲りずにこのブログを見て頂いているアナタに感謝します・・・アンタも好きねぇ♪
まあ普通の雑誌なら、このタイミングで6月号ですよね?(笑)

「月刊ポルナレフ」今月の歌は「今夜の列車」です
フランスではシングルとして大ヒットした人気曲で、最近のベスト・アルバム(CD)には必ずといっていい程収録されていたりする
最近は各国仕様というアルバムが少なくなってきているしね・・・ポルナレフはフランス盤がいわゆるグローバル・スタンダードという奴なんですよ(笑)
まあヒット曲とはいっても、日本のオールド・ファンには馴染みがない・・・なにしろ当時、日本ではレコード化されていなかったんだから・・・
そりゃあ馴染みがないよね(笑)
日本未発表のシングル、EP曲を集めた「ポルナコレクション」というアルバムが74年に出ましたが、そこにも収録されていなかったもんな〜
本国では代表曲になっている「天国への道」も結局レコード化されなかったし・・・
ウ〜ン、これはどういう事だ? この2曲はいずれシングルとして出すつもりで温存していたのだろうか?
「ポルナコレクション」からは日本人好みの哀愁を漂わせた「悲しきマリー」がシングルになっている事を考えると、この2曲は当時の日本では売れ線ではないと判断されたんだろうなぁ
・・・だったらアルバムに入れろよ!(笑)

ポルナレフというとマイナー(短調)の悲しくも美しいメロディを思い浮かべる人も多いのでは?と思われますが、
この曲はメジャー(長調)でありながら、そこはかとなく哀感があるんです
これはイイ味出してるね〜この曲、好きだな♪
自分にとってはポルナレフの新曲みたいなもんですよ(笑)

「今夜の列車」という邦題は、日本のポルナレフ・フリークの間で通称だったタイトルをそのまま採用しています

♪ 僕の思い出の中で列車が発車する・・・Oh my baby
  ホームに小雨が降っていた・・・僕は今夜、雨の中
  僕は君に言った 泣かないでと
  列車は夜の闇の中へ
  僕は叫ぶ、笑う、泣く、死ぬ
  僕にはもうない 血も、火も、生命も、愛も、神も・・・

♪ 僕は叫ぶ、笑う・・・サビのたたみかけがいいんです
ラストのピアノも複雑な感情の表れなんだろうなぁ
決してストレートな喜怒哀楽じゃないんだ・・・大人の屈折を感じるね
そこが味わい深いのかもしれない
それでいて透明感があるんだよね・・・確かにこれは当時聴いても余りピンと来なかったかもしれないな(笑)
今風に言うと、ほっこりする・・・といった感じの曲だね♪
これはCDが出るまでさんざん待たされた甲斐があったよ
というのも、ポルナレフのアルバムは長い間CD化されていなかったんだ・・・権利の問題なんだろうね

♪ Oh my baby!・・・またしても出ましたね、ワン・フレーズ英語!
ちょこっとだけ英語をはさんでくる・・・これが憎めないんだな
♪ Holidays〜とか♪ Love me please love me〜とかね
「悲しきマリー」は♪ I'm so sad 'cos I lost my friend・・・ポルナレフにしては長文だ
よく頑張ったね(笑)
今回は出だしじゃなくて曲中なのがミソだ
Oh my baby・・・やっぱりちょっと短文すぎるか?(笑)

ちなみに今回はジャケットの画像ではありません
小動物と戯れるアイドルの図・・・といった所でしょうか(笑)
実はジャケットはね〜日本盤「シェリーに口づけ」とおんなじ画像なんですよ・・・流用したんだね
ジャケットは採用しても、曲は採用しない・・・なかなか日本のエピック・レコードも頑固なんだな
今夜の列車は発車できなかった・・・これじゃあファンは叫ぶ、笑う、泣く、死ぬ・・・しかないよね?(笑)
まったく・・・Oh my baby!な話さ(笑)
ポルナレフの世界を勝手にカテゴライズして私物化した・・・日本のレコード会社はちょっといい気になっていたんじゃないかな
ポルナレフとファンに対する敬意が足りないね
そんな態度だから、ポルナレフ人気が下火になったんだよ(笑)
えっ?言ってる事が支離滅裂だって?
そりゃあ屈折した大人ですからね・・・なかなか複雑な感情だったりするんですよ(笑)





<付録>
新着映像!
先月号、ポルナレフとジルベール・ベコーの連弾が好評だったので、調子に乗って連弾シリーズ第2弾です
今回のお相手はトニー・アシュトン
ディープ・パープルのジョン・ロード、イアン・ペイスと「ペイス・アシュトン・ロード(PAL)」というグループを組んでいた・・・というくらいしか知らない人ですが(笑)
この映像では二人が何度もポジションを交替するのが何だか可笑しいです♪
70年代の映像ですが、新着映像です(笑)




<付録2>
別冊「月刊ポルナレフ」〜おかしなジョー
「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画があるらしい・・・らしいって(笑)勉強不足でスミマセン
そこにジャン・ピエール・ポルナレフというフランス人が出てくるんだそうだ
今、世間でポルナレフといえばコイツの事なんだよな・・・(知らないクセにコイツ呼ばわり)
妹の名前がシェリーだっていうんだから(笑)、ミッシェル・ポルナレフから名づけられたのは100%間違いない
そもそもポルナレフっていう名前はフランス人の名前じゃない・・・ロシア人の名前ですからね
フランス人でポルナレフという設定は、ミッシェル・ポルナレフありきなんだよ
それから漫画のタイトルにも驚かされた・・・ポルナレフには「おかしなジョー」という曲があるんだけど、原題は「L'affreux Jojo」・・・
つまり「奇妙なジョジョ」なんだよ!
作者はポルナレフ・マニアなのか?この曲は「ポルナコレクション」に収録されてはいましたが、CD化されていないマニアックな曲なんだ
これは偶然の一致とはとても思えないね!ジョジョ・ファンも必聴だぜ?(笑)
タイトル通り奇妙な曲ですが、徘徊する挙動不審なポルナレフも奇妙です♪




<広告の頁>
「月刊ポルナレフ」バックナンバー 好評発売中 0円(税込)
「Listen To The Music」ミッシェル・ポルナレフ特集
第1夜〜愛の休日
第2夜〜火の玉ロック
第3夜〜愛の願い
「月刊ポルナレフ」
1月号〜ノンノン人形
2月号〜愛のコレクション
3月号〜シェリーに口づけ
4月号〜ロミオとジュリエットのように
★書店にない場合は(笑)、このブログのタグ(TAGS)でMichel Polnareffをクリックすると、一覧表示されます (この記事の最後のタグでもOK)
閲覧無料です♪




<編集後記>今月号は日本のオールド・ファンには余り知られていない曲だったので、付録をつけてしまった・・・ちょっとサービス過剰だったかな?(笑)
来月号も締め切り厳守で頑張りますのでよろしく♪ (編集長)
どうしてこんなに悲しいんだろう

どうしてこんなに悲しいんだろう

よしだたくろう
「どうしてこんなに悲しいんだろう」
作詞・作曲 よしだたくろう
昭和46年(1971年)


いつかは書いてみたかった・・・吉田拓郎です
現在J-POPと呼ばれている音楽は、吉田拓郎によって築き上げられたといっても過言ではない
イヤ、音楽的に吉田拓郎がパイオニアだったという訳じゃないけどね
職業作曲家による歌謡曲が趨勢だった時代に、自作自演が新しい流れとなって、いつしか主流になっていった・・・
まあ平たく言うと、吉田拓郎は売れたんだよ(笑)
フォークは商売になるぞ!とレコード会社が、音楽業界が変化したのが大きいんですね

吉田拓郎は「フォーク界のプリンス」と呼ばれていた
「結婚しようよ」「旅の宿」が大ヒットして、アイドル的な人気もあったんだ
今の若い人にはなかなか信じてもらえませんが(笑)
やはり女の子にキャーキャー言われないとブームは作れないし、時代を変える事はできないんです・・・ビートルズもそうでしたしね
それまでの日本のフォークは関西フォークが主流で、みんな若いのにオッサンみたいな風貌だったもんな(笑)
戦争や政治に対するプロテストなんかを歌っていて、プロ志向のないアマチュアリズムがあったんだ
吉田拓郎は違うよね・・・なんたって、プロになるために東京に出てきたんだから

吉田拓郎はフォークじゃないんだと思う
ボブ・ディランが好きで、フォークになってしまったような気がする
学生時代はバンドでサム&デイブの「ホールド・オン・アイム・カミング」なんかを演っていたらしいし、意外にR&Bなんだよ
そのバンドでの拓郎のオリジナル曲「好きになったよ女の娘」は、後にモップスがヒットさせた「たどりついたらいつも雨降り」と同じメロディで、ローカルな人気曲だったっていうくらいだ(アレンジも近いらしい)
戦後すぐに生まれた吉田拓郎は、ビートルズ以前のアメリカン・ポップスに親しんでいた・・・中尾ミエがアイドルだったなんて人なんだから(笑)

吉田拓郎はとにかくカッコ良かった♪
テレビには出ないが、CMソングは歌う(笑)
テレビには出ないが、ラジオの深夜放送でストレートに喋りまくる・・・
ミュージシャンのラジオでのパーソナリティの走りだ
当時、テレビはお茶の間に1台という時代だからね〜若者が一人部屋で聞くのはラジオだったんだ
飾らないトークはベビー・ブーム世代に圧倒的な支持を受けて、若者のオピニオン・リーダーとされていた時代があったんだよ
吉田拓郎の影響でボブ・ディランのレコードが売れ、フォーク・ギターが売れた
果てはジーンズやダンガリー・シャツ、ハーモニカ・ホルダーなんかもね
拓郎を真似するアマチュア・シンガーが巷にあふれ、中には喋りだけを真似するツワモノもいたらしい・・・歌えよ!(笑)
長渕剛もその流れといえるだろう
ボブ・ディランの伝道師、みうらじゅんも名前を平仮名にしているのは拓郎の影響だろうね〜当時は吉田拓郎ではなく、よしだたくろう名義で活動していましたからね


「どうしてこんなに悲しいんだろう」はアルバム「人間なんて」の収録曲
アルバム・ジャケットは拓郎のマンションで撮影されている・・・アパートじゃないんだよね
この感覚が新しいんだ・・・フォークの貧乏臭さとは一線を画している
(今回はアルバム・ジャケットではなく、デビュー当時の拓郎の画像にしてみました)
デビュー当時は日本初のインディーズ・レコード、エレック・レコードからのリリースで、東京都内のレコード店には置いてあったりするが、地方では通信販売だったりする
拓郎もエレック・レコードの社員になったりしてね・・・この経験が後のフォーライフ・レコード設立に役立った・・・なんて話は聞きませんが(笑)
CBSソニーへ移籍して「結婚しようよ」で大ブレイクする前の話です
東京へ出てきたものの、売れずに広島へ帰ろうとしていた・・・
そんな時、雨が降ってきて泣きそうになった・・・
こうしてこの曲は生まれた・・・自然発生的に口をついて出てきたらしい
拓郎にとっても特別な愛すべき曲で、2回もリテイクしているナンバーでもある
シングルにはなっていませんが、ファンにとっても拓郎に打ちのめされた・・・まさに代表曲なんだと思います

「どうしてこんなに悲しいんだろう」・・・割と最近の映像ですが、しっかりシャウトしていて何だか嬉しくなります

竹内まりやの「静かな伝説(レジェンド)」は、この曲のリスペクトだろうね・・・さすが拓郎ドンピシャ世代だ
歌詞は拓郎とは無関係で、浅田真央の事を歌ったみたいですが(笑)
えっ?浅田美代子じゃないよ!(笑)

しかし、どうしてこんなに素直な歌詞なんだろう
これは頭でっかちになりがちな、拓郎以前のフォークとは全然違う
プロフェッショナルな音楽という訳でもないし・・・
これは「歌」なんだな・・・率直に心に訴えかけてくるんだ
人は孤独な自由を求めてしまうが、不自由な共存こそが尊く、また愛おしい・・・
これは大人になっても沁みる曲ですね♪
ロミオとジュリエットのように〜「月刊ポルナレフ」4月号

ロミオとジュリエットのように〜「月刊ポルナレフ」4月号

Michel Polnareff
Comme Juliette Et Romeo
1971


♪ ジュ〜リエ〜ット・・・ジェブデゼ トンロ〜メオ〜
  トヌビ アセモダソンセ 
  キモペシ デテメ デテメ デテメ・・・
ミッシェル・ポルナレフ、今月の歌は「ロミオとジュリエットのように」です
今月といっても、もう今月ギリギリになってしまいましたが(笑)
出会いの春、新しい恋にときめく季節にはピッタリなナンバーだ
恋?いいトシして・・・そんなもん、もう卒業したよって?
まあ、いいじゃないすか・・・何かにときめいているっていうのはイイと思うよ
夢中になれる時間を持ち続けていたいね
この曲を聴くと、ミッシェル・ポルナレフや洋楽に夢中だった中学時代の気持ちになる
個人的には初恋のメロディなんだよね(笑)この曲が恋する心のBGMだったんだよ
冒頭の空耳歌詞は、当時マルタツが歌詞カードに書き記していたもの・・・この後の歌詞も聴き取りしていたんだけど、忘れてしまったなぁ


「ロミオとジュリエットのように」はポルナレフの作詞作曲
フランスでは71年のシングル「ギリシャにいるジョルジナへ」のB面として発表
(画像はシングルの裏ジャケットで、B面のこの曲が上に書かれている)
日本ではシングルにはなっていないが、来日記念盤LP「ポルナレフ・ナウ」(フランスでのシングル曲を集めた日本編集のアルバムで、今世紀に入ってからようやくCD化された)に収録されていた♪
「ロックとロマンの出逢い」というのが、ミッシェル・ポルナレフの当時のエピック・ソニーの宣伝文句だったが、まさにこの曲がそうだ!
ロッカ・バラードなんだけどスケールが大きいのがいいね
そしてなんともロマンチックなメロディなんだな
ポルナレフの男っぽい声がファルセットまで駆け上がる・・・実にエモーショナルだ 官能的ですらあるね
今聴いてもウットリさせられるよ♪


ハチロク(8分の6拍子)のナンバーとしては、「愛の願い」の続編ともいえるかもしれない
より情熱的に、ある意味盲目的とさえいえる熱いラブソングになっている
クラシックのピアニストへの道を歩んでいたポルナレフはエルヴィス・プレスリーの影響でロックンロールに夢中になってしまった・・・
それがよく理解できる曲になっているし、ロックの持つ衝動感がなんとも感動的に再現されていると思う
途中、ピアノがロックらしくブルージーになったりするのが御愛嬌だね♪
この曲の影響でロッカ・バラードが好きになってしまったのかもしれないな


「ロミオとジュリエットのように」
ジルベール・ベコー(歌手、作曲家、ピアニスト、俳優)との共演で、曲は1分過ぎから始まります・・・レコード音源ですが(笑)

https://youtu.be/fsBNV1kZpRQ


原題は「ジュリエットとロミオのように」
邦題は今回はストレートに来ましたね〜「愛のナンチャラ・・・」じゃあないんだ
まあ、曲中で♪ジュ〜リエ〜ットと歌っているのが印象的なので、ここは外せないか(笑)


♪〜ジュリエット・・・
 僕は君のロミオになりたい
 君を愛することを、愛することを、愛することを
 許さないこの狂った世界から 君を救い出したい
 僕のジュリエット・・・
 君は僕を狂わせる
 君のためなら盗みも殺しもするよ
 君の微笑みのため、口づけのため、君のたった一言のために・・・
 僕の一番素敵な馬で連れ去りたい
 僕の夜を祝典にしてほしい
 許されるのなら 君を星空の舞踏会に連れて行きたい
 僕のジュリエット・・・


後半はちょっと下ネタっぽいね・・・僕の一番素敵な馬ってなんなんだよ?(笑)まあ、それは考えすぎか(笑)
ポルナレフはキモイ・・・なんて食わず嫌いのアナタにも、ぜひ聴いてウットリしてもらいたい
妄想のロマンシズムには、無限のパワーが秘められているんだ
ポルナレフを聴いて、ロマンチックに行こうぜ(笑)
ウン、悪くないね♪


「ロミオとジュリエットのように」こっちはホントのライブ音源です♪

https://youtu.be/-o-H_I9q0Xs
バンド・オン・ザ・ラン

バンド・オン・ザ・ラン

Paul McCartney
Band On The Run
Album 1973
Single 1974



祝!ポール・マッカートニー再来日♪
昨年は来日しておいて、公演はキャンセルという・・・ファンを嘆き悲しませたポールのリベンジだ
ポールにとってはビートルズ以来の武道館公演になる
そこで今回はポールのライブの定番曲でもある この曲について語ってみたい
ちなみにポール牧は名前が似ているが、ポール・マッカートニーにあやかった芸名ではないらしいよ(笑)
まあ、そんな小ネタを挿みながら、このブログもグダグダとon the runしてみようと思う♪

アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」はポール・マッカートニーの最高傑作との呼び声が高いアルバムだ
それまでのビートルズ解散後のソロ・アルバムは、ウィングス名義のものも含めて余り評価されていなかった
ラフな手作り感があって、デモ・テープみたいな佇まいが個人的には好きなんだけどね(笑)
そりゃあビートルズのクォリティと比較されてしまったら、ちょっとやそっとの出来じゃ太刀打ちできない・・・いくらポール・マッカートニーでもね
ビートルズのラスト・アルバム「アビー・ロード」に収録されている「キャリー・ザット・ウェイト」では、♪君はその重荷をずっと背負っていくんだ・・・と歌われている
これは解散したら、元・ビートルズという重い十字架を背負って、その後の人生を歩まなければならない・・・という歌なのだと思えてしまう
ソロではなく、ウィングスという新しいバンドを結成して、ビートルズより成功させるんだ!というのがポールの、それに対する解答だったんだろうね
やっと「ハイ・ハイ・ハイ」「マイ・ラブ」「007死ぬのは奴らだ」とシングル・ヒットも出て、よっしゃ!次のアルバムで一発かましたるわい!となったのが「バンド・オン・ザ・ラン」なんだと思うよ(笑)
でもウィングスはメンバー・チェンジを繰り返す・・・ポールは既に大物だったから、バンドの一員として他の無名のメンバーと対等になれる訳がない
自分のワンマン・バンドなんてイヤだ・・・なんていうのは贅沢な悩みだ
このアルバムでは奥さんのリンダとデニー・レインとの3人だけになってしまっている・・・アルバム・タイトルに「バンド」と入っているのは皮肉だね
結果、レコーディングではポールがドラムを叩いている
名ドラマー(迷ドラマーともいうが 笑)キース・ムーンが「この素晴らしいドラミングは誰が叩いているんだ?」と大絶賛したというんだから・・・並のマルチ・プレイヤーじゃないね!
もちろんベース・プレイも最強♪ 曲も粒揃いだ

このアルバムはリアルタイムでアメリカ盤LP、その後CD、そして25周年盤と買わされた・・・買わされたといっても押し売りされた訳じゃないけど(笑)
やっぱりリアルタイムで愛聴していたので思い入れが強い
個人的にはB面の「マムーニア」から「ノー・ワーズ」へと続けて演奏されるのが特に好きだな
そうそう、アメリカ盤LPにはシングル曲の「愛しのヘレン」の歌詞が掲載されていなかったんだ
あれ?忘れたのかな〜なんて思っていたら、イギリスのオリジナル盤には未収録曲だったからなんですね
当時はマニアックな情報って限られていたから、こういった事を自分で発見する面白さがあったね
それから日本盤では「ポール・マッカートニーとウィングス」名義になっていますが、LPの背表紙にはPaul McCartneyとしか書かれていないんです
それに準じて、このブログでもポールのソロ名義作品扱いにしています・・・御了承を

このアルバムがロングセラーとなったのは、翌年にシングル・カットされた「ジェット」「バンド・オン・ザ・ラン」のヒットが決め手なんだろうね・・・マイケル・ジャクソンが「スリラー」で参考にしたっていうくらいだ
(「スリラー」からは7曲もシングル・カットしていて、7曲目がタイトル曲の「スリラー」だった)
あとこのアルバムは凄くリラックスして聴けるロック・アルバムで、何故なんだろう?というのが長年の疑問だった
ビートルズとの微妙な違いはメジャーセブンス・コードの多用にあるのではないか?と今では思っている
ポップスでは定石のコードだが、ビートルズでは殆ど使われていないコードだ
Cでいうとドミソの3和音にメジャーセブンス(長七度)のシの音を加えたコードだが、甘美な響きになり、まあロック向きの和音ではないね
余り多用するとウェットな感じでイージーリスニングみたいになってしまうが、ポールはウィングス時代になってから急に思い立ったように使い出している・・・心境の変化かな?

さてアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」について長くなってしまったので、楽曲「バンド・オン・ザ・ラン」についてはサクッといってみよう
この曲は三部構成になっている
そういうと格調高く聞こえてしまうが、単に未完成の曲の断片をつなぎ合わせたとも考えられるよね?(笑)
この手の組曲はコーラスを繰り返さない・・・行ったきり戻って来ないところがカタルシスなんだと思う
この曲はビートルズ・ナンバーであり、ジョン・レノン作の「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」の明らかなパクリだろう
よくこの曲に触発された曲だと、ソフトに語られてはいますが違います、パクリです(笑)
だって三部の各パートの曲調まで似ていないかい?
触発なんてソフトな引用は「アビー・ロード」のメドレーの方(ポールが主導)が相応しいと思うけどね
「バンド・オン・ザ・ラン」収録の「レット・ミー・ロール・イット」も変態的なリフがどうもジョンっぽいぞ?
そのせいかどうかは知りませんが(笑)、それまでポールには批判的だったジョンも、このアルバムは手放しで賞賛していたりするんだ

第一楽章は ♪監獄に閉じ込められて、愛しい君にも会えない・・・
第二楽章では ♪もしここを出る事ができたなら・・・と脱獄を決意する
第三楽章は完全に脱獄しちゃっているね〜♪Band on the run(バンドは逃げる)・・・だもんなぁ
なんだか追いかけっこを楽しんでいるみたいだ
♪絶対つかまりっこないぜ!とシャウトしているのがいい
でもアルバム・ジャケット(画像)では逃亡中のバンドにサーチライトが当てられている・・・これじゃ逮捕されてしまうのは時間の問題のような気がするけどね(笑)

マルタツが考えた邦題は「自由への脱出」・・・映画の邦題みたいだけど、アルバム・ジャケットも映画っぽいしね・・・どうかな?
日本盤の帯には邦題じゃないんだけど「バンドは荒野をめざす」と、何故かタイトルより大きく書かれていたよ(笑)
この歌詞の監獄というのは、やっぱり「元・ビートルズという十字架」なんだろうか?でもそれをここで完全に振り切っているのがたまらなくロックだと思う
このパート、第三楽章の冒頭のアコギ(アコースティック・ギター)もなんともすがすがしい
自由になった開放感にあふれているんだ・・・ここはいつ聴いても最高だな!


「Band On The Run」+歌詞 ライブに行く人は歌って予習しよう♪行けない人は復習だ(笑)

https://youtu.be/z-9PakgQzxU


この曲では余り目立たないが、アルバム全編に渡って
Tレックスでおなじみのトニー・ヴィスコンティがオーケストレーションを施している
Band on the run・・・Runは走るという意味だが、逃げるという意味もある
Runawayなんてのは完全に逃避行の事だね
Band on the runには当然「バンドは走り続ける」という意味合いも含まれていると思うよ
ウィングスは解散してしまったが、ポール・マッカートニーは今もOn the runし続けている・・・
あの高くて太い声をキープしているのには啓蒙されてしまうね
ポール・マッカートニーはトシを取っても、枯れたり、渋くなる事が許されないアーティストだと思う
若くして死に、伝説となるミュージシャンも多いが、
ポールには生けるレジェンドとして今後も長く活躍してほしい♪
アナタの音楽にはホントに楽しませてもらってるよ!
ハード・タイムス2連発

ハード・タイムス2連発

Boz Scaggs
Hard Times
1977

Ray Charles
Hard Times ( No One Knows Better Than I )
1955



ウ〜ン、キツイなぁ・・・
今回はそんなハードな日々を送っているアナタへ捧げるブログです
まあ、ワタシもブログが更新できないくらいキツイんですがね(笑)
曲名もそのままズバリ、ハード・タイムスだ
ツライ時代、キツイ時期・・・今回はそんな日々を歌った音楽を聴き直してみたいと思う
ブア〜ッといこうぜ!

やはり「ハード・タイムス」といえばボズ・スキャッグスだろう
リアルタイムでお気に入りだったし、今でもボズ・スキャッグスといえば
バラードよりもこの曲が聴きたくなる・・・毎度偏屈でスミマセン
この曲はアルバム「ダウン・トゥ・ゼン・レフト」からのシングル・カット
前作アルバム「シルク・ディグリーズ」の空前の大ヒットで、30歳を過ぎて大ブレイクしたボズ・スキャッグス・・・
アメリカの白人だが、白人のリズム&ブルースが盛んだったイギリスで活動した事もあるくらい、黒人音楽に傾倒している
AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)だなんて騒がれたのも、ボズのナイス・ミドルな(死語?)中年の魅力だろうと思うよ・・・「ミドル・マン」というタイトルのアルバムもあるしね
「シルク・ディグリーズ」は都会的で粋な大人の音楽・・・サウンドは当時、クロスオーバーと持てはやされたロック、ファンク、ジャズのミクスチュアで最先端、オシャレな音楽だったんだ
まあコアなロック・ファンからは、売れ線の軟弱な音楽だと蔑まされていましたけどね(笑)パンクの時代ですから
このアルバムに参加したミュージシャンでTOTOが結成されたりもしていて、デビュー当時のチャーもフェイバリット・アルバムに挙げていたのが印象的でしたね・・・あれ?意外と軟弱なのね?と思いましたから(笑)

「ハード・タイムス」は当時ホントにハードなサウンドだっだんだよ・・・ゴリゴリのファンク・ビートがね
当時流行のスウィート&メロウなサウンドはキーボードだけに抑えていて、ベースは重く粘っている
イリュージョンみたいに現れては消えるギターに、ヒップなオルガンのソロ・・・
これは斬新だったな〜今じゃもう、アタリマエなグルーブになってしまいましたけどね
タイトなドラミングはTOTOのジェフ・ポーカロで、終盤のギター・ソロはボズ・スキャッグス自身が弾いているのも聴きどころ♪
歌詞はハード・タイムスっていうくらいだから、さては苦節10年の憤りをぶちまけているのか?なんて勘ぐっていました(笑)
あるいは大ヒットの後のプレッシャーなのか?とね
♪ 俺は混乱の海へと沈んでいく・・・自分自身を救うすべはない・・・

Boz Scaggs「Hard Times」

♪ 俺は落ちていく・・・君の魔力に・・・引き返す事のできない君の魅力に・・・
あれ?人生のつらさを歌っているんじゃないみたいだぞ?
これは大人のラブソングだな・・・なかなか小洒落ているじゃないか!
この「ハード・タイムス」は「愛の難局」とでも訳した方がいいみたいだ


それじゃ次は、ホントに人生のつらさを歌ったレイ・チャールズの「ハード・タイムズ」(同名異曲)を聴いてみよう♪
こっちは「タイムズ」と濁るんです・・・まあ、どうでもいいんですが(笑)
こっちの方が原音に忠実かな?ブルースも正しくはブルーズですからね
この曲はブルースですね・・・ブルースのテンポというのが、また言葉が沁みてくるテンポなんだなぁ
「弾き語り」って言葉は、ブルースに一番しっくりくるような気がするよ
ブルースの発祥はよくわかっていない・・・でも奴隷から解放された黒人が、一人でギターを弾き語り始めた・・・というのが起源なんだろうと思う
アフリカの伝統音楽には、ソロで奏でる音楽は存在していないしね
奴隷は食いっぱぐれる心配はないが、自由になった黒人には餓死する自由も与えられたという訳だ
改めて自分の境遇を憂いたんだろうな・・・そして、ブルースにはそんな憂鬱を笑いとばすユーモアも備わっているところが素晴らしい♪

この曲はエリック・クラプトンのカバーで知りました・・・クラプトン、さすがブルース・マニアだな
RCAレコード移籍、第1弾「Georgia On My Mind (我が心のジョージア)」に似ている?
イヤ、こっちの方が古いんすよ・・・アトランティック・レコード時代の録音ですからね♪

♪ 母は亡くなる前に言った、祈る事を忘れるなと
  その意味はすぐにわかった、家賃を払うために服を質に入れなければならなかったからね
  周りの女達も、俺が無一文になったら逃げていったよ
  いつか悲しみのない日が来るのさ・・・そう、死んでしまえば、このつらさともオサラバできるだろうな
  神よ、俺より人生のつらさを知っている者はいるのかい?
  
Ray Charles「Hard Times ( No One Knows Better Than I )」
さよならハリウッド〜ニューヨークの想い

さよならハリウッド〜ニューヨークの想い

Billy Joel
Say Goodbye To Hollywood
New York State Of Mind
from the album ""Turnstiles"
1976



ミスター・ニューヨーク、ビリー・ジョエル…
ニューヨークで生まれ育ち、現在もニューヨークに住んでいるビリー・ジョエルですが、デビューして数年間はロサンゼルスを活動の拠点にしていました
当初はバンドでデビューしましたが注目されず、ソロに転向・・・
ファースト・アルバムでは勝手にテープの回転数を上げられて、声を変えられる・・・といった有り様で、すっかり鬱病になってしまったビリー・ジョエル・・・
マネージャーだったエリザベス・ウェーバーの勧めもあって、新天地であり、環境の良い西海岸へと移住した訳です
そのマネージャーと結婚もしちゃったりしてね♪
その後、コロムビア・レコードと再契約・・・アルバム「ピアノ・マン」で一躍脚光を浴びる事になる訳です
とはいっても、まだまだマニアックな、知る人ぞ知る存在でしたけどね(笑)

ロサンゼルスは音楽ビジネス上でも好都合なんです
映画もそうですが、さすがショービジネスの都だけあって、会社やスタジオが集中しているんですね
坂本龍一もアメリカを拠点にしようとニューヨークに移住しましたが、実情を知らなかったみたいで、
ロサンゼルスにすればよかったな〜と後悔しているみたいですよ(笑)

でも生粋のニューヨークっ子だったビリー・ジョエルは、ロサンゼルスにはどうも馴染めない・・・
そこでロサンゼルスを離れ、ニューヨークへ戻る事を決意します
4枚目のアルバムとなる「ニューヨーク物語」に収録された「さよならハリウッド」と「ニューヨークの想い」は、その心情を歌った曲なんですね
♪ Life is a series of hellos and goodbyes・・
  人生は出会いと別れの連続さ
  また別れの時が来てしまったようだ
  でも街を出て行くのはチャンスでもあるんだよ
  さよならハリウッド・・・さよならさ、ベイビー

「Say Goodbye To Hollywood」

この曲は5年後、81年のライブ・アルバムからシングル・カットされてヒットしましたね〜
フィル・スペクターのサウンドを取り入れているのが話題になりました・・・ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」ですね
「ビー・マイ・ベイビー」の有名なイントロのドラムは、名ドラマーであるハル・ブレインがスティックを握りそこねて、バスドラで対応した・・・って言われているけど、ホントかな?
プロデューサーのスペクターの指示通りではないらしいよ(笑)
ロネッツの映像はThe Fish & Chipsのスーさん(鈴木さんではありませんが、スーさんなんです)に勧められて初めて観ました
昔は映像なんて見た事なかったもんな〜確かにこれは振り付けが可愛いね♪

The Ronettes「Be My Baby」

春は卒業、進学、就職・・・と、出会いと別れの季節ですが、社会人になっても異動の季節なんですね
自分もこの度札幌に異動する事になりました
えっ?今まで札幌じゃなかったの?と思われるかもしれませんが、実は3年間、札幌から北広島まで通っていたんです(笑)
そんな訳で、今回は余り感慨はありませんが(ないのかよ?)以前、これも3年間過ごした小樽を離れる時は泣きそうになりましたね
まあ自分の意思ではなく、会社の辞令ですから、ビリー・ジョエルと結びつけるのもどうか?とは思いますが(笑)

「ニューヨークの想い」はビリー・ジョエルのバージョンではなく、マーク&アーモンドのカバーで知りましたね〜バーブラ・ストライサンドもカバーしていたな
当時、ビリー・ジョエルは まだマニアックな存在だったんだよ(笑)
ビリー・ジョエルが大ブレイクするのは、次のアルバム「ストレンジャー」・・・
ニューヨークへ帰って、大正解だったという事ですね!
この曲は、ライブではビリー・ジョエルがサングラスをかけて、レイ・チャールズになりきって歌うというのがいいんだな♪

♪ 休暇には都会を離れて、何処かへ行きたがる人が多い
  けれど俺はハドソン川沿いを走るグレイハウンド・バスに乗っている
  ニューヨークへの想いでいっぱいだ
  リズム&ブルースなど微塵もない・・・日々を過ごすのは気ままだった
  けれど今はわずかな駆け引きが恋しいんだ
  自分が何を望んでいるかわかったから、もう時間を無駄にはしたくない
  いつもニューヨークへの想いでいっぱいなんだ・・・

「New York State Of Mind」
キース・リチャーズの絵本「Gus & Me」

キース・リチャーズの絵本「Gus & Me」

キース・リチャーズが昨年秋、絵本作家としてデビューした?!
とは言っても、童話を創作した訳ではない
「ガス・アンド・ミー〜ガスじいさんと、はじめてのギター物語」という、まあ幼少期の自伝というかエッセイみたいなものだ
2011年には自伝も刊行しているキース・リチャーズ…70歳を越えて、自身の過去を振り返る事も多いのかもしれない
ついにルーツにまで遡ってしまったぞ?(笑)
イヤイヤ、これは原点回帰だと思いますよ♪

キース・リチャーズと言えば御存知、ザ・ローリング・ストーンズのギタリストで、殆どの作曲を手掛けているミュージシャンですが、
キースの一家はかなりの音楽好きだったんですね〜
母親のドリスはいつもレコードをかけて、祖母のエマもピアノを弾きまくる…
キース少年も叔母のジョアンナとエヴァリー・ブラザーズなんかを歌っていたそうだ
この絵本に登場する祖父、セアドア・オーガスタス・デュプリー…
「ガスじいさん」もバイオリン、サックスをこなし、中でもギターの名手だったらしい
本職はパン屋さんなのにね♪

ガスじいさんと愛犬、そしてキース少年がある日、散歩の途中に楽器の工房に立ち寄った
そこでキースはギターに一目惚れしてしまった…
初めてのギターは、じいさんから譲り受けたものだったんだね
「マラゲーニャを覚えたら、後は何でも弾ける」
じいさんの教えに従って、何度も何度も練習した…
マラゲーニャとはスペインの舞曲で、
なるほどストーンズの楽曲に時折見られるエスニックなテイストは、これがルーツなのかもしれないな♪

絵はキースの娘、セオドラ・リチャーズが描いていて、日本語訳は奥田民生…ウン、なかなかいい感じだね
もっとこの世界に浸っていたい…と思うんだが、わずか30ページで終わってしまう…
ウーン、ちょっと短いな(笑)
でもCDが付いているんだ
全文をキースが朗読していて、ギターも弾いている…マニアは必聴だぜ(笑)

大人が読んでも、絵本ってなかなかいいもんですよ
プレゼントなんかにもいいかもしれない
昨年秋の出版なのに今さら?という感じがしないでもないんですが(笑)
たまたま最近、行きつけの書店で見つけた…という事でお許し下さい
ポプラ社刊 2000円+税
何だか宣伝みたいですが、これはアフィリエイトではありません(笑)…念のため

今では5人の孫がいる、おじいちゃんとなったキース・リチャーズ…
かつて自分がそうだったように、今度は孫たちにギターを教えている
なんとも微笑ましいね♪

「子供と祖父母の絆っていうのは特別なもので、とても大切なんだ。この本は、そんな魔法のような瞬間の物語だよ。俺も孫たちにとって、いいじいちゃんになってみたい…ガスが俺にとってそうだったようにね♪」
by Keith Richards

「Only Found Out Yesterday」
シェリーに口づけ〜「月刊ポルナレフ」3月号

シェリーに口づけ〜「月刊ポルナレフ」3月号

Michel Polnareff
Tout,Tout Pour Ma Cherie
1969



御存知、ミッシェル・ポルナレフの代表曲です♪
日本で大ヒットしたのは71年
一躍、ポルナレフは大ブレイク・・・圧倒的な人気でしたね!
やっぱり楽曲の勝利だと思いますよ
フレンチ・ポップスの貴公子として、本国フランスではデビューしてすぐにスーパースターとなったミッシェル・ポルナレフでしたが、
日本ではほぼ無名の存在でした
実は日本でも66年のデビュー当時から、リアルタイムでレコードが発売されていた・・・というのは、
後から知ってビックリしたもんです
だから実質的には「シェリーに口づけ」が日本でのデビュー曲だと言っていいと思いますよ
テイチクさん、日本コロムビアさんには大変失礼な話ですが(笑)


フランスでは69年にシングル「渚の想い出」のB面として発売
(日本でも69年に、フランスと同じカップリングで発売されていて、当時の邦題は「可愛いシェリーのために」)
B面曲だからフランスでは当然ヒットもしていないし、代表曲でも何でもない
「シェリーに口づけ」は日本だけのヒット曲なんだね♪
ポルナレフは「フランスと日本じゃ受ける曲が違って面白いねぇ」なんて発言している
確かにそうなんだけど、そこにはレコード会社の思惑があるんだって事を忘れちゃダメだと思いますよ?ポルナレフさん
アナタのフランスでのヒット曲の数々が、日本ではシングルになっていないどころか、レコード化もされてない曲だってあるんですからね・・・


「シェリーに口づけ」レコード音源
https://youtu.be/HPW73kuJmTQ


それまで日本ではポルナレフの曲がヒットしていなかった・・・とは言っても、フランスのポップスが全くヒットしていなかった訳ではない
シルヴィ・ヴァルタンの「アイドルを探せ」や「あなたのとりこ」、
フランス・ギャル「夢みるシャンソン人形」などなど・・・日本語カバーもされていたくらいの人気だったんです
「シェリーに口づけ」が日本でヒットした前年の70年には、ダニエル・ビダルの「オー・シャンゼリゼ」が空前の大ヒットを飛ばしていました
まあ女性アイドルばかりなんですけどね
明るくてオシャレ、なんだか幸せそうで夢がいっぱい(笑)
そういったメルヘンチックな曲なら日本でも受けるんだよなぁ
なんてボヤいていたかどうかは知りませんが(笑)日本のレコード会社が目を付けたのが、B面曲だった「シェリーに口づけ」だったという訳です
これならイケルぞ!と、シングルA面として再発売したエピック・ソニーさんの意気込みが感じられますね
確かにこれはフレンチ・ポップスの理想型と言うべき曲!
ポルナレフの作品でも、ここまで明るく楽しい曲はそんなにない
エイト・ビート上のフォー・ビート感覚とでも呼びたいこのビートは「あなたのとりこ」や「オー・シャンゼリゼ」とも共通してますね♪


邦題もいい
♪トゥートゥー ポマ シェリー マシェーリ・・・
サビで4回繰り返されるキャッチーなこのフレーズ・・・
これがタイトル(原題)にもなっている訳ですが、この♪シェリーを邦題に使わない手はないぞ?という事ですね
「シェリー」というのは、英語だと「ダーリン」みたいな・・・「愛しい人」を意味するフランス語ですが、
当時そう正しく理解できた人は少ないのでは?
それを知らないで、シェリーを人の名前なんだと間違って解釈しても
そうかぁ、「シェリーちゃん」に口づけ♪なのかぁ・・・と全然OKな邦題になっている
因みに、フランス人にシェリーちゃんという名前の女の子はいないみたいです・・・英語圏の名前なんですね
さらに「シェリー酒」と間違えても大丈夫♪
なるほど、シェリー酒を注いだグラスに口づけしてるのかぁ
なんてね・ ・・さすがにそこまでは考えていなかったかもしれないが(笑)
♪トゥートゥー ポマ シェリー・・・の「トゥートゥー」を「チュッチュッ(^3^)/」と空耳する人もいるかもしれない・・・
だから「口づけ」にしておこう♪ とかね
イヤ〜完璧な邦題だよ!ほとんど憶測に過ぎませんが(笑)


「シェリーに口づけ」空耳
http://youtu.be/MCBS8-kh3e0


「シェリーに口づけ」にはメロトロンも導入されている・・・当時最先端のキーボードですね
でも2小節だけなんだ・・・まだ、お試し期間だったのかな(笑)
とにかくこの曲は何回聴いても聴き飽きない魅力があるね!
だからついでにもう一発行ってみよう〜ライブ・バージョンは乗りがいいぞ!
東京公演のライブ・アルバムでのこの曲は、ディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」でも始まるのか?みたいなイントロだったよ(笑)


https://youtu.be/9uFV8g4hexg


とにかくこの曲はコーラスがいい
レコードではポルナレフの一人多重録音コーラスになっている・・・ポルナレフがいっぱいだ
♪さあ、おいで・・・この愛のすべてを君に捧げよう・・・
これは何の不安も迷いもない、若々しくも情熱的な求愛の歌
それなのに下心をまったく感じさせない、キュートでファンタジックな曲に仕上がっているのが、フレンチ・ポップスならではの魅力なんだ
終盤、さらに高音のコーラスが重ねられていって、どこまでも高く飛んで行く感じがたまらない
これには今でも、胸がときめくね♪
上を向いて歩こう

上を向いて歩こう

坂本九
「上を向いて歩こう」
作詞 永六輔
作曲 中村八大
昭和36年(1961年)



日本の「上を向いて歩こう」、そして世界の「スキヤキ」・・・
日本が誇る世界的なヒット曲です
時代を越えて、万人に愛されている曲ですね
この曲がキライだっていう人はいないんじゃないのかな?
70年代になって、誰もがこの曲を忘れかけていた頃に、日本ではRCサクセションがカバー、海外ではテイスト・オブ・ハニーのバージョンが大ヒット・・・
この曲は改めて評価される事になります
80年代は坂本九の事故死によって、この曲が再度クローズアップされました
そして4年前の東日本大震災以降は、復興のテーマソングのように位置付けられている
50年前の曲なのに、懐メロとしてではなくて 今、現在の曲としても聴かれ、歌われ続けているというのは素晴らしい事だね
まあ個人的には90年代だったかな?長渕剛のカバー・バージョンがお気に入りなんですけどね(笑)
YouTubeにはないみたいですが♪


NHKテレビのバラエティ番組「夢であいましょう」の「今月の歌」として披露された永六輔・中村八大コンビの曲で、
この番組からは他にも、梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」、ジェリー藤尾「遠くへ行きたい」、北島三郎「帰ろかな」やデューク・エイセス「おさななじみ」なんかも生まれている
そうそう、ジャニーズのデビュー曲「若い涙」もそうだったね♪
「夢あい」以前にも、第一回レコード大賞の受賞曲となった水原弘「黒い花びら」を手掛けている六・八コンビは当時のヒットメーカーだった
坂本九を加えて、六八九なんて言われたりもしていたね
ジャズ・ピアニストだった中村八大の曲は、当時の歌謡曲の中では群を抜いて垢抜けていた・・・超モダンだったんだ
中村八大・・・海外でドラッグに溺れまくっていたっていうんだから、モダン以外の何物でもないぜ?(笑)


永六輔のこの歌詞は、何故主人公が泣いているのかは明らかにしていない
悲しみの正体は謎だ
英語詞では失恋ソングになっているけどね
男なのか女の歌なのかもわからないし、若者とも老人とも取れる歌詞になっている
誰もが入り込める・・・そこがいいんだろうな
永六輔本人は、この歌詞は60年安保での自身の敗北感をモチーフにしているのだと語っている
そりゃあ、そのまんま心情を吐露しちゃったら、過激すぎて歌詞にはならないよね・・・さすが、プロだな♪


永六輔は坂本九の歌い方にブチ切れたらしい
♪うえお むういて あ〜る こぉうぉうぉうぉ・・・だもんなぁ
ふざけるな!となるのは当然だろう
このコンビは曲が先とか、詞が先とかいうのとはまたちょっと違っていて、
それぞれが別々に作った多くの曲と歌詞を持ち寄って、この曲にはこの歌詞がいいんじゃないか?と組み合わせて、最終的には中村八大が編集するという形で仕上げていたらしい
歌詞についても、中村八大が順序を入れ替えたり、手を加えていたそうだ
レコーディングで坂本九は「上を向いて歩こう」の歌詞を見て、これ、間違ってるんじゃないの?メロディに対して歌詞が全然足りないよ?と思ったらしい
つまり、あの♪うぉうぉうぉという歌い回しは六・八の指示ではなく、坂本九のアレンジなのだ!
九ちゃん、凄いぜ♪
もっとも中村八大は、坂本九がエルヴィス・プレスリーやバディ・ホリーみたいな歌い方をするのを知っていて、こうなるだろうと計算していたのだ
坂本九には既に「ステキなタイミング」(洋楽の日本語カバー)というヒット曲があったしね♪
しかしさすがの中村八大も、坂本九に小唄の心得があったとは知らなかったようだ
この曲の符割り・・・一拍目は休符にして、二拍目から歌い出すという、この曲に実にピッタリな、ゆったりした入り方をしている
これも中村八大ではなくて、坂本九のボーカル・アレンジなのだ!
九ちゃん、凄いんだな♪しかもこの時、まだ19歳なんだぜ?


「上を向いて歩こう」
冒頭の映像でスキ「ヤカ」となっているのは、「サカ」モトと韻を踏んでみた・・・という事らしい

https://www.youtube.com/embed/GeH_i1S0fLg

イントロの木琴がお茶目だね♪
軽快にスウィングしているのが心地いい
朗々と歌い上げるメロディではなく、鼻歌で口ずさめるようなメロディになっている
口笛が入っているのもナイスだ
2回目の♪幸せは〜が、さりげなくマイナー・コードになっているのがなかなか小憎たらしい
さらに、1小節に1つのコードで進行していて、♪ひとりぽっちの夜〜からは1小節にコードが2つになる
ここが最高に憎たらしいですね
しかし、この歌詞じゃ当時、アイドル・ボーイなんて呼ばれていた坂本九も、笑顔を振りまきながら、
なおかつ悲しみを浮かべながら歌うしかない
ちょっとアブナイ人にならざるを得ないんだね(笑)


最初にこの曲を海外でカバー・レコーディングしたのはイギリスの楽団で、それはインストゥルメンタルだった
その時に「スキヤキ」というタイトルが付けられたらしい・・・安易だなぁ
ポピュラーな日本語というのなら別に「サヨナラ」でも良かった訳だけど、この曲、この歌の妙な温かさがスキヤキっぽかったんじゃないか?(笑)
でもこのタイトルだからこそ、世界中で愛されたような気がするよ


英語、フランス語、ドイツ語の歌詞もあるし、中でもオランダ語バージョンがブッとんでいる!
♪サヨナラ、ゲイシャ・ベイビー なつかしいヨコハマ サクラ咲く夜の口づけ スキヤキは恋の味 フジヤマの別れ いつかまた逢えるだろうか キモノ姿の可愛いベイビー・・・
外人が知っている日本語を全部並べたような歌詞だ・・・
さすがにサムライやニンジャ、カミカゼやハラキリは出てこないけどね(笑)
洋楽の邦題、訳詞もかなりいい加減なものが多いとは思っていましたが、それは日本だけじゃないんだな
万国共通だったとは !
これがローカライズというヤツなのか?!
もう笑うしかないっすね・・・トホホだ


それにしても、「スキヤキ」が63年にアメリカのヒットチャートでナンバーワンになったというのは快挙だね!
しかも英語で歌った訳じゃなく、日本語のままで1位になっているんだから信じられない
米キャピトル・レコードは、翌年のビートルズより宣伝費をかけたとも言われている
プロモーションも凄かったんだろうな
ビートルズもイギリスのバンドだから、アメリカのキャピトルにとっては海外枠という事になる
キャピトルのインターナショナル部門のディレクターは、イギリスのビートルズより、日本のミス・サカモト(声を聞いて当初は女性だと思ったらしい)を売り出したという事になる
ゲイシャ・ベイビーとして売るつもりだったのかもしれないな?(笑)
因みに、このディレクター氏はビートルズの初期のシングルには付き物のハーモニカの音がキライで、ビートルズに肩入れしなかったらしい(笑)
最初からビートルズをプッシュしていたら、坂本九の出番はなかったのかもしれないね


当時、日本は高度成長の時代だったんだから、アメリカでナンバーワンになったというのはエラく景気のいいニュースだったんだろうなぁ
翌64年には東京オリンピック開催を控えていた訳だしね
日本が世界にアピールし始めた時代・・・
「上を向いて歩こう」は、そんな時代の希望の歌だった




「上を向いて歩こう」の歌詞じゃないけど、悲しみは誰にも訪れる
それは個人にというだけではなく、戦争、自然災害という多くの人を巻き添えにするものもあったりする
悲しみは共有できないが、共感する事はできるかもしれない
せめて、そう思いたいね
ところが冗談野郎はどんな状況でも、ロックンロール!なんて、つい口走ってしまうんだな
俺を見下してくれ、ベイビー・・・
ン?ベイビーって誰の事なんだよ?ゲイシャ・ベイビーじゃないだろうな(笑)


さてさて、今年もテツ氏が東日本大震災復興チャリティー・ライブに出演するとの事で、またまた性懲りもなく勝手にリンクします♪
行く人も、行かない人も(それはダメか?笑)
行けない人も、皆で応援しよう♪

3月15日(日) 東日本大震災 第5回札幌チャリティロックフェスティバル 告知
ホールド・ミー・タッチ・ミー

ホールド・ミー・タッチ・ミー

Paul Stanley
Hold Me Touch Me (Think Of Me When We're Apart)
1978


イヤ〜キッスさん、最近はももいろクローバーZとの共演で、メディアに露出しまくってますね〜!
キッスって、解散して再結成したのかと思っていたら、一度も解散していないんだね〜こりゃまた失礼致しました
まあメンバー・チェンジはしているんですけどね・・・
もう40年以上活動している事になる訳で、これには当人もビックリしているかもしれない
キッスの結成当時は10年以上続いているバンドなんてなかった訳だしね
ローリング・ストーンズやフーが、そろそろ10年になる・・・という時代だったんだから・・・
ロックには将来設計なんてなかったんだな(笑)

キッスは全員が曲を書くし、ヴォーカルを取る
ビートルズみたいだね・・・そういえば同じ4人組だし、同じ楽器編成だ
あのメイクにはキャラクターが設定されていて、火を吹くパフォーマンスで頑張っていたジーン・シモンズは「デーモン」・・・聖飢魔Uは、そのまんま頂いたんだね
ポール・スタンレーは「スター・チャイルド」・・・作曲面でも彼がキッスの中心人物だ
この二人は音楽に関しては真面目な人みたいで、今もキッスで頑張っている
「スペース・マン」のエース・フレイリー、「キャット・マン」のピーター・クリスは酒とクスリに溺れていたらしく、その後 脱退してしまう・・・解雇かな?

昨年、ポール・スタンレーが自伝を出版しているんですが、ピーターとエースについては・・・まあサンザンに罵ってくれています(笑)
「Face The Music」(音楽と向き合う・・・慣用句で、困難に立ち向かうの意)という本のタイトルが、邦題では なんと「モンスター〜仮面の告白〜」
なんだかな〜まあキッスのアルバムの邦題みたいに「地獄の〜」じゃあないから、ここは大目に見ておこう♪ シンコー・ミュージックさんだし・・・

キッスは余りシングル・ヒットの少なかったバンドだった
ヒット曲というと、バラードの「ベス」・・・これはピーターが書いて、歌っているんですが、
先の本では「プロデューサーのボブ・エズリンが書いた曲で、ピーターは何もしていない!」と暴露・・・というか、もはや個人攻撃ですね(笑)
「ハード・ラック・ウーマン」・・・これはポールの曲をピーターが歌ってヒット
歌い方も曲調もまるっきりロッド・スチュワートで、驚かされたものです
あとはディスコ調の「ラヴィング・ユー・ベイビー」ですね ノイジーなギターがちゃんと自己主張していて、キッスしてました♪

でもキッスといって、真っ先に思い出すのは 何故かポール・スタンレーのソロ・シングル「ホールド・ミー・タッチ・ミー」なんです
オリジナル・メンバーの人間関係が最悪な状態となっていた この時期、4人がそれぞれのソロ・アルバムを発表するという苦肉の策に出たんですね
この曲はシングル・カットされましたが、残念ながら中ヒット・・・
でも聞いた事のある人には、愛されている曲なんだと思うよ
キッスのベスト・アルバムにもしっかり収録されていますからね♪
ツアーに追われるバンドマン・・・いつも一緒にはいられない恋人へ向けて歌いかける優しいラブソングです
♪いつか僕たちの夢はかなうんだ
 大丈夫さ、うまくいくよ・・・

「Hold Me Touch Me」

な〜んて甘い事を言っていますが、この頃のポールさんはイケイケですから
他に本命の女性がいたんですね・・・そんな事も自伝ではバラしちゃっています
君だけだよ♪とか、この歌は君のために書いたんだ♪とか言って歌って聞かせたんだろうな〜
「スターっていうのは、普通の人間じゃダメなんだよ・・・」
メイクもショーアップも、そのポリシーで貫いているんですね
そして私生活も(笑)♪
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